桑田Jr.最初の夏終わる 父は凄かった

西東京では桜美林が日大二に8回コールドで敗れた。前パイレーツ・桑田真澄氏(40)=スポーツ報知評論家=の長男・真樹外野手(1年)は4回の守備から出場。右足の負傷を抱えながらも、二盗を決めるなど勇敢なプレーを見せた。

 涙はなかった。8回2死二塁、日大二・肥沼駿太(3年)の打球が左翼手の頭を越えた瞬間、桑田真樹の「最初の夏」は終わった。1−8のコールド負け。右翼のポジションでそれをぼう然と見つめた真樹は、帽子を深くかぶり直し、うつむきながら整列へ向かった。

 1−6の4回の守備から出場。6回1死、この日の初打席が回ってきた。すると相手投手・沢田が突如制球を乱した。1度もバットを振ることなくストレートの四球で出塁。スタンドからは「打たせろよ」とヤジが飛び交った。「意識しないようにしていたんですが」と沢田は言うが、堂々とした構えは投手に無言のプレッシャーを与えていた。

 6点を追う展開でも積極的な姿勢は失わなかった。2死後、高橋将太朗(3年)の打席でカウント0−1から投手のモーションを完全に盗み、二塁へ向かった。中大杉並との3回戦の試合前に右足を痛めたが、気力で盗塁を決めた。スタンドで観戦した母・真紀さん(40)は、所用で韓国におり試合を見ることができなかった真澄さんにメールで、その激走を伝えた。

 第2打席は8回1死から中飛。今大会は通算1打数無安打、2四球。試合後、真樹は「精いっぱいやりました。また今度にして下さい」と悔しさを押し殺し、球場を去った。真紀さんは「甲子園に行くことがどれだけ大変かよく分かった。主人はすごいと思いました。これで真樹も父を尊敬するんじゃないでしょうか」と話した。

 昨年、真澄さんが引退を決意したとき真樹は号泣した。その父の思いは確実に息子に受け継がれている。「心の野球」に終わりはない。親子2代の甲子園出場という夢をかなえるまで、真樹は走り続ける。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。